私の人生の中で最初の冒険は、21歳の時バックパックをかついで50日間アメリカに行ったことです。
そのことについて、書き綴ってみたいと思います。
1981年2月15日、成田空港に集合。ダイヤモンドスチューデントツアー(ダイヤモンドビッグ社?)の
企画でした。往復の飛行機と数日間のホテルだけ付いているツアー、あとは参加者それぞれが好きな
ルートで自分の旅を計画するというものです。
成田空港には、同じツアーで50人位集まったでしょうか。大概の参加者は学生だったと思います。みんな
が持っているガイドブックは「地球の歩き方」。自分が各地を旅して集めた情報を投稿し、それが次の
年の地球の歩き方に掲載される。だから、みんな一生懸命役立つ情報を集めます。
成田空港からサンフランシスコ行きの飛行機にのりました。航空会社は忘れましたが、きっと安い航空会社
だったと思います。当時大韓航空が、ソウル~東京経由~サンフランシスコという便を飛ばしていたので、
大韓航空かもしれません。
飛行機に乗ったのは、このときが生まれて初めてでした。飛行機が上昇するとき、下降するときに気圧の
変化で耳の奥がモーレツに痛かったことを覚えています。
10時間くらいのフライトでサンフランシスコに2月15日の朝到着しました。2月15日が二度(成田とサンフ
ランシスコ)あって、得した気分です。
飛行機を降りて入管、英語で旅の目的やら、ホテルなど聞かれます。
このときから、言葉は急に英語だけ。回りはほとんど外国人。内心、自分の決定にたじろぎ、後悔して
います。「何でこんなところにきちゃったんだろう」って。
入国審査を通過し、自分のバックパックを受け取ると、現地のガイドさんが待っています。参加者全員が
無事揃ったところで、バスにのりサンフランシスコの市内観光、その後ホテルにチェックインしました。
バスでゴールデンゲートブリッジ、フィッシャーマンズワーフなど案内してくれました。
今では、日本でも大きな吊り橋が各地にできていますが、当時ゴールデンゲートブリッジの大きさには
本当に驚きました。
続く